吉田 聡
1.厚生省が推進する医薬分業 |
医療機関が診療を行って処方箋を発行し,それを調剤薬局が受け取って調剤を行う
という役割分担を医薬分業という.厚生省は以下の理由で医薬分業を推進している.
調剤業務は,薬局であればどこでも出来ることになっているが,
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「保険薬局」でないと健康保険が適応されないため,患者は保険薬局であることを示す表示のある薬局に行く
ことになる.日本薬剤師会では「かかりつけ薬局」制度を推進しており,かかりつけに相応しい設備と適切な
薬局業務が行えることを認定する「基準薬局」の認定制度を実施している.日本薬剤師会は,このために調剤
業務の内容から患者の薬歴カードを作成に至るまで細かい指導を行っている.「基準薬局」には,図1のような
標識が掲示されている.
このように,日本薬剤師会が精力的に取組んでいる医薬分業の実施率であるが,日本薬剤師会の調査では,
1980年度に4.8%だった医薬の分業率が1995年度に20%を超え,当初は2010年前後には50%に達するという予想
がなされてきた.これにともない現在8,000億円弱の調剤薬局の市場規模は,2000年には3兆円に達するともいわ
れていたが,ここにきて医薬分業が予想通りに行くかどうかに関して経営分析の立場からは疑問の声もあがっている.
2.医薬分業は成功するか? |
1990年2月,東京都小平市の公立昭和病院入口に同市薬剤師会の肝いりで設立され,
医薬分業の初の本格的な試みとして注目を集めた調剤薬局が開店8カ月で廃業するという事態を迎えた.公立昭和病
院は小平,東久留米,小金井市など多摩東部地区の9市が組合を作って設立した総合病院で,開設時には1日の外来患
者約1,000人を予定して出来た病院であるが,現実には平均1,600人,多い時には約2,000人が訪れたため,薬を受け
取るだけの待ち時間がひどい時には1時間半にもなっていた.そこで,医薬分業の本格的なテストケースを目指し,
小平市薬剤師会の会員と東京薬科大学が共同出資して株式会社を設立して,1989年7月に薬学生の調剤実務研修用の
講義室まで備えた「小平調剤センター薬局」を開局した.しかし,処方箋の処理数は同薬局の採算ラインである1日
当たり約150枚には程遠く,1989年12月までの半年間の合計でわずか231枚(うち公立昭和病院から163枚)しかなか
ったため,累積赤字は4,000万円を超え,同薬局は1990年2月にやむなく廃局となった.小平市薬剤師会は,公立昭
和病院が院外処方箋をほとんど発行しなかったことを非難したが,同病院側は院外処方箋の発行は病院の減収につな
がるため,積極的に推進することはしなかったという.公立昭和病院の医業収支歩合(支出=100に対する収入の割合)
は昨年度86.9%.毎年約15〜20億円の「赤字」が発生し,これを加盟市の分担金と都の補助金で埋めている状況だっ
たため,院外処方箋を発行して薬価差益を減らすことができなかったのである.表1に,医薬分業にともなうメリット
・デメリットをあげてみる.
この事件は大きな波紋を呼び,日本薬剤師会の長年の悲願でもあった医薬分業は出鼻を挫かれた形となった.
医薬分業を推進するためには,病院経営の健全化が先決であるといえる.近年の病院経営状況の悪化にともなって,
医薬分業の進展に水を差す形になる可能性があるというのが,伸び悩みが危惧される理由である.
3.医薬分業が伸び悩む理由 |
医薬分業は,早くから米国で発展したシステムである.標準150坪の店舗に日用品や医
薬品,衛生用品を幅広く取りそろえ,奥に調剤室や服薬指導コーナーを設けたいわゆるアメリカ型のドラッグストアは
広く全米に浸透し,コンビニエンスストア(30坪)と大規模スーパー(500坪以上)の中間的な存在として庶民の支持
を得てきた.わが国の医薬分業はこれを模倣して国内への浸透を図ろうとしたものであるが,経営形態や薬局が取り扱
う商品構成,さらには国民性の違いもあって,なかなか思うように進んでいないのが現状である.わが国の薬局には,
大きく分けて病医院からの処方箋を受けて薬を販売する「(調剤)薬局」,大衆薬(OTC,
Over The Counterの意味)と医薬部外品を販売する「薬店」があるが,アメリカのドラッグストアの経営理念はわが国
のいずれとも異なっており,むしろ大規模資本を背景に両者の中間的な位置づけでチェーン展開を拡げて発展を遂げて
きた.わが国で郊外を中心にチェーン展開しているものは,主に薬店としての販売が中心であり,実質的に調剤室が機
能していないケースが多い.調剤部門と販売部門の両方の販売促進と商品管理を行うだけの市場を開拓しきれていない
ことと,単純な小売りの方が利益率が良いからである.
ここで特筆すべき点は,「処方医薬品」「OTC」それに「医薬部外品」の分類に関する考え方がアメリカ食品医薬品局
FDAとわが国の厚生省では明確に異なっている点である.表2に示すように,アメリカでは医師からの処方箋を要する医薬
品は薬局のみが取り扱うものとされており,それ以外のものは一般のスーパーやコンビニエンスストアでも販売が可能で
ある.莫大な医療費に喘ぐアメリカでは,医療費抑制政策の一環としてマネージド・ケアによって医療機関への受診を厳
しく制限する一方で,発熱にはアセトアミノフェン,上気道炎・疼痛にはイブプロフェンなどのように,安全性の確立さ
れた医薬品はOTCとしていつでもどこでも購入できるようにしたのである.
以上からもわかるように,わが国における薬局とアメリカのドラッグストアとは根本的に異なる部分があり,単純にア
メリカのそれを模倣しただけで成功するのは難しいと考えられる.その理由は,以下のようにあげられる.わが国のOTC
は処方医薬品との境界が不明瞭であり,(調剤)薬局と薬店の事業形態も明確な差別化がなされていない.
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すなわち,わが国の医薬品販売業界は他の業界と比較してまだまだ未成熟であるといえよう.
さらに,厚生省はコンビニエンスストアなどの一般小売業でのOTCの販売自由化に関する規制緩和を進めている.厚生省が
発表したアクションプログラムによると,「服薬指導の必要のない医薬品の特定」を1998年度までに終了し,1999年の薬事
法の改正を実施することになっており,2001年初頭までには本格的に一般小売業の店頭にOTCが並ぶことになるという.日本
薬剤師会は当初この規制緩和に反対の立場をとったが,医薬分業が進んでいない状態でこれを施行することは,薬局・薬店
の減収につながるというのが反対の理由であった.わが国の医薬品分類は明治以来基本的な内容に変化が無いが,時代の変
遷にあわせてアメリカのようにカテゴリーを再編成することも必要であろう.
*5)わが国ではこれらは全て薬事法の対象外になる*4)「このハーブは風邪に効くと伝統的にいわれています」 などの記載が可能*3)アセトアミノフェン,抗ヒスタミン剤など一般消費者が多少用量を誤って使用しても事故に至らな いような安*2)外用ステロイド,臭化スコポラミンなど劇薬指定薬もかなり販売が認められている*1)わが国で取り扱 われているかなりのOTCが処方箋を必要とされている 注)網掛け部分は,薬局及び薬店でしか取扱いが認められていないもの医薬品に認定されないものは全てここに分類 されるビタミン剤,ミネラル,ハーブなどを専門に扱う店舗も多数展開されている全な医薬品のみを認可.販売自体はスーパ ーなどでも可 |
4.米国資本の日本進出 |
1997年,米国イリノイ州に本社を置く世界最大手のドラッグストア・チェーンが商社,大手国
内薬局,コンビニエンスストアなど日本の6社と組んで,日本で薬局・薬店の組織化に乗り出すことが大きく報道された.同社
は現在,米国内で約2,300店舗を展開しており,96年8月期の売上高は118億ドル.うち43%を調剤部門が占める.衛星を使った
顧客管理システムが売り物で,米国では約3千万人分の薬歴などのデータを衛星を通じて店舗と本部間でやりとりし,顧客はど
の店舗でも薬が購入できる.わが国でも,衛星に代わってISDN(総合デジタル通信網)とICカードを活用する形で同様の顧客
管理システムを構築する.患者は副作用の有無などの個人データが入力されたICカードを加盟店で提示すると,全国どこでも
一律のサービスが受けられるという.国内大規模資本がアメリカの大手ドラッグストアチェーンのノウハウを取り入れること
によって,わが国でも薬局・薬店の再編成が起こるのではないかと予想される.
国内のドラッグストアチェーンでは,数年前に既にこの状況を想定し,中小ドラッグストアが大手に吸収・合併されるとい
う業界の再編成が進んでいた.大手ドラッグストアチェーンも,米国資本と組むなどの形で調剤を主力に考えるところと,完
全に雑貨・化粧品などの医薬部外品の小売り販売に経営方針を切り替えるところが出てきた.医薬分業は,ただ単に医療機関
の薬局部門だけを外注するというだけでなく,薬局・ドラッグストア業界全体の再編成へと大きな影響を及ぼしつつあるので
ある.
以上のように,米国資本の導入とともに,わが国の医療は大幅な再編成の波に見舞われるだろうといわれている.この背景
には,1993年のウルグアイ・ラウンド交渉で日本が医療の分野で「外貨の参入は制限しない」という約束をしたにも関らず,
未だあまり多くの外資系医療産業が参入できていない事実があり,2000年のWTO(世界貿易機構)によるサービス交渉見直しの
際に医療分野の自由化を求められるのは必至である.2003年に訪れるといわれる“医療ビッグバン”を目前に,我々は医師と
して,医療人として国際的な視野で医療のあるべき姿を考えるときが来たのである.
YOSHIDA Satoshi
ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院内科